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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)9668号 判決 1966年4月16日

原告 小泉泰男

被告 日本国有鉄道

主文

被告は原告に対し金七〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年七月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金三〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年七月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、(本件不法行為に至る経過と背景)

国鉄田町電車区においては、昭和二五年ごろから、電車の清掃、修繕、検査に当たる職員が電車区内の入浴施設での入浴を午後四時以降開始し、四時半以降入浴終了者から随時退区するとの労使間の慣行が確立されてきていた。

ところが、昭和三八年六月二四日に至り、田町電車区長は国鉄労働組合田町電車区分会に対して「六月二八日から入浴時間を午後四時三〇分、退出時間を午後五時とする」旨通告し、組合側からの話合いの要請にも応じようとせず、六月二八日から三〇日までの間、午後三時過ぎごろになると助役らが浴場付近に集結し、入浴する職員を監視するばかりか、浴場に錠をかけて入浴を実力で阻止しようとした。

また七月一日には、区長、助役ら七、八名が浴場入口に立ちならび、職員が入浴しようとするのを実力で妨害し、従来どおり四時から入浴しようとする職員との間で「入れろ」、「入れない」との紛争が生じた。

二、(不法行為)

(一) 被告の職員であり国鉄労働組合田町電車区分会に所属する組合員であつた原告は、昭和三八年七月二日午後四時過ぎごろ、東京都港区芝高輪南町六六番地国鉄品川駅構内田町電車区付属の浴場表口から、一〇数名の同電車区勤務の職員とともに平素どおり入浴するために右浴場に入場しようとした。

ところが、田町電車区長外一〇数名の国鉄当局側職員は、浴場表口付近に立ちふさがるなどして浴場への立入りを実力で阻止し、さらに、鉄道公安職員訴外日野光一が浴場入口付近に集まつた裸体の職員を写真撮影したため、これに抗議し、撮影を制止する職員との間に紛争を生じた。

このとき、あらかじめ警備のためと称して現場付近に待機していた約二〇名の鉄道公安職員が、日野公安職員の周囲の電車区職員のなかに突入し、「全員逮捕しろ」などと怒号しつつ手当たり次第に原告ら職員五名を逮捕した。

(二) その際、東京鉄道公安室所属の鉄道公安職員訴外一ノ瀬善一郎、松島勉の両名は、原告に暴行事実ありとしてこれを逮捕するに当たり、共謀の上、原告に対し、一ノ瀬が手錠で左前方より後頭部を殴打し、一ノ瀬、松島両名が左右から押えつけて交検庫の壁に押しつけるなどの暴行を加えた上、原告に手錠を施した。

原告は右暴行によつて、加療約一〇日間を要する頭頂部挫傷ならびに左肘部、左手背および右足背挫傷兼擦過傷を負つた。

(三) 前記一ノ瀬、松島両名は続いて、パンツ一枚で裸足姿の原告を両手錠をかけて引きたて、前記浴場付近から国鉄品川駅東海道線上りホームを経て、同ホーム上横浜寄りにある東京鉄道公安室品川派出所に至る間(浴場から右ホームの上り口まで直線距離にして約一五〇メートル、ホーム東京寄り上り口から右派出所までのホーム上の距離は約二五〇メートルである。)、婦人客を交えた夕方のラツシユ時の多数旅客公衆の環視するプラツトホームの上を連行した。

なお、被告が、裸のまま連行するのはやむを得なかつたとして主張する事実(後述)は全部否認する。すなわち、浴場前に入浴のため集まつていた職員たちは、突然の制服機動隊員の出現に周章ろうばいし、大部分はあわてて浴場内や付近の建物内に逃込み、一部外に残つた者も、訳が分からないままただぼう然と原告らが連行されるのを見送つていたというのが実情であり、なかでほんの一、二の者が公安職員の逮捕行為に対し抗議を試みたが、「逮捕するぞ」とおどかされてたちまち退散したのであつて、被告の主張するような不穏の形勢など何ら存在しなかつた。

三、(原告の損害)

原告は、一ノ瀬、松島の前記暴行、傷害によつて肉体的苦痛を受けたばかりでなく、全裸に近い姿で手錠を施されたまま衆人環視のなかを連行されたことにより、著しく名誉をき損された。これらの不法行為によつて原告が被つた精神的、肉体的苦痛に対する慰藉料としては、三〇〇、〇〇〇円が相当である。

四、(被告の法律上の責任)

被告は一ノ瀬、松島両公安職員を選任監督し、その俸給を負担する者であつて、一ノ瀬、松島の前記行為は、司法警察職員としてのその職務を執行するに当たり、故意または過失によつてなしたものである。したがつて、被告は、これにより原告が被つた損害を賠償する義務がある。

五、(結論)

よつて、原告は被告に対し、三〇〇、〇〇〇円とこれに対する不法行為の翌日から支払済みに至るまで法定の遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁および主張)

一、請求の原因第一項について

被告の田町電車区等では、従来から非乗務員の入浴は勤務時間中に行なわれていたが(田町電車区では四時から入浴、四時三〇分ごろから退庁)、これはもともと遠距離通勤者の便宜を計るために発生した措置であつたところ、その後右遠距離通勤者は他に転勤してしまい、また、勤務時間中に入浴の上退庁することは職員の服務規律の確立の点からみてもはなはだ良くないので、当局者はこの是正に努力してきたが、昭和三八年六月二四日、区長から国鉄労働組合田町電車区分会の分会長等に対し原告主張のとおりの申入れをして組合側と折衝したがその了解を得るに至らなかつた。

しかし、区長は方針どおり六月二八日以降は午後四時三〇分前の入浴を禁止することに決定し、その旨を各職員に知らせ、六月二八日以降田町電車区では非組合員である助役らの職員が右時間前に入浴しようとする者に右方針を説明の上入浴しないように説得してその阻止に努めてきたが、その都度組合員の実力行使のためこれを実現することができなかつたので、七月一日には区長みずから浴場入口に出向いて四時から入浴しようとした組合員を制止したところ、組合員らのために全治一週間の右肘関節部挫傷を受けるという事態が発生するに至つた。

二、同第二項について

(一)のうち、原告が被告の職員であり国鉄労働組合の組合員であつたこと、原告主張の日時に原告ら職員四名を原告主張の場所で鉄道公安職員が逮捕したことは認める。

逮捕の事情は次のとおりである。

七月二日午後四時五分過ぎごろ、上半身裸体の約五、六〇名の職員が、助役らの説得制止を聞かず、実力で入浴しようとし、首席助役等に対し暴行を加え、浴場のガラス戸の鎖錠やガラスをこわす等の暴挙に出、右職員のうち一〇数名が浴場に乱入したので、日野公安職員が浴場付近において証拠保全のため右情況を写真撮影しようとしたところ、原告は「私服がカメラを持つている。取つてしまえ」等怒号し、原告外約一〇名の職員が日野公安職員が持つていたカメラのつり皮や皮ケースを引つぱり、さらに同人の胸部を手拳で殴打したり突いたりするなどの暴行を加え、同人の公務の執行を妨害した。(右暴行によつて同人は約三週間の加療を要する胸部挫傷等を負い、三日から一〇日まで入院加療を受けた。)

そのころ、現場から約三〇〇メートル離れた田町電車区長室付近で警備のため待機していた(六月二八日以降の事態を重視した東京鉄道管理局長は、田町電車区の警備に当たらせるため、鉄道公安職員一九名を派遣させることにした。)鉄道公安職員は、出動して原告らの暴行を排除して日野公安職員を救出するとともに、原告外二名を右日野公安職員に対する公務執行妨害・傷害の被疑事実で逮捕、連行しようとしたところ、二〇数名の職員が右三名を奪還しようとして押しよせ、右多数の職員と鉄道公安職員とのもみ合いとなり、このとき鉄道公安職員の背中を突きとばして転倒させる等の暴行を加えた職員一名も前同様の被疑事実で逮捕された。

(二)のうち、鉄道公安職員が原告にその主張のような暴行を加えた事実は否認し、原告がその主張のような傷害を負つた事実は知らない。

(三)のうち、一ノ瀬、松島らの鉄道公安職員が原告をその主張のような方法でその主張の場所を連行したことは(その距離を含めて)認める。しかし、このような方法で原告を連行したのは、次のとおり緊急まことにやむを得ない事情からしたものである。

すなわち、逮捕者四名のうち原告のみはトレーニングパンツ一枚の半裸素足であつたため、一ノ瀬、松島両名は原告に対し、「裸では連行できないから服のあるところを教えろ」と数回にわたつて説得したが、原告は「何馬鹿野郎、そんなもの知るもんか。勝手にしろ」等といつて聞入れず、その後は黙して何も答えなかつた。

当時原告の詰所と思われる場所は逮捕現場から約一五〇メートル離れたところにあつて、原告を連行しようとする公安派出所とは反対の方向にあり、逮捕現場には約一五〇名を越える組合員が集合し、そのうち数名の者が原告ら被逮捕者の連行を阻止するため押しよせ、これを奪還しようとする形勢にあつたので、右現場付近の建物に連行することはかえつて事態をますます悪化させるおそれがあり、原告をこれらの職員から急速に引離し適当な場所に連行する必要があつたため、原告を半裸のまま(当時鉄道公安職員は夏季服装で上衣を着用していなかつたので、これを原告に仮に着用させることもできなかつた。)、当時列車が発着していなかつた東海道線上りホームを、一ノ瀬、松島らと丁度その場に来合わせた一行一五名の鉄道公安職員がかばうようにして通つて浴場から品川鉄道公安派出所に連行し、田町電車区より原告の衣服を取りよせて着せた。(現場から連行した後にも、組合員が奪還、抗議のため追尾してくる有様であつた。)

三、同第三項は争う。

四、同第四項のうち、一ノ瀬、松島の俸給を被告が負担していること、右両名の原告の逮捕行為はその職務としてしたものであることは認める。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、原告主張の日時に、原告主張の場所で、原告が鉄道公安職員一ノ瀬善一郎、松島勉の両名に逮捕されたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、右逮捕の際、原告が右両公安職員から暴行を受けその結果傷害を負つたとの主張について判断する。

(一)  原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によつてその成立を認め得る甲第二、三号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は逮捕される際、加療約一〇日ないし二週間を要する頭頂部挫傷ならびに左肘部、右前膊、左手背および左足背挫傷兼擦過傷を負つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  しかし、右負傷(頭頂部および左手背)の原因に関しては、逮捕の際、一ノ瀬公安職員より左手背および頭部を手錠で殴打されたためである旨の原告本人尋問の結果は、原本の存在と成立に争いのない乙第二六号証、甲第一三号証の各供述記載および証人一ノ瀬善一郎、松島勉の各証言と対比して信用できない。

(原告本人は、この状況について、同人は、日野公安職員が写真撮影をしたために生じた浴場前におけるもみ合いなどのトラブルには全く参加せず、もつぱら首席助役等当局側の職員と話合いを続けており、再度首席助役と話合いをしようとして歩き始めた時に、一ノ瀬公安職員が「小泉がいたぞ逮捕しろ」といいながら突進して来て、すつと原告に近よるやいきなり手錠を振上げて左手と頭部を殴打した旨述べているが、右供述はにわかに信用できない。)

(三)  乙第二六号証、甲第一三号証、原本の存在と成立に争いのない乙第二〇、二一号証の各供述記載、弁論の全趣旨によりその成立を認め得る乙第一二号証の二、証人一ノ瀬善一郎の証言とこれによつてその成立を認め得る乙第一二号証の三、証人松島勉の証言とこれによつて成立を認め得る乙第一二号証の一九および証人横堀啓六、日野光一の各証言を総合すれば、まず一ノ瀬公安職員と片倉公安課長補佐が原告を日野公安職員付近のもみ合いから引離したが、原告は逮捕される際大いに暴れ、これに手錠をかけようとする一ノ瀬公安職員と相当激しい引つぱり合いなどが行なわれ、同公安職員がようやく左手に手錠をかけたが、なおも原告は抵抗を続け、両手を振上げてもがくようにして暴れたので、両方の手錠の間の鎖の部分をつかんでいた一ノ瀬公安職員の手も上へ振上げられたような形になつたこともあつたこと、その後松島公安職員が駆けつけて原告の右腕を押えつけてくれたので右手錠もかけることができたこと、このときには日野公安職員も逮捕に協力して腕を押えたことが認められ、右認定に反する証人中村和善、斉藤紀之の各証言および原告本人尋問の結果は信用できない。

そして、右のような逮捕の状況から判断すれば、原告が負つた前記の頭頂部挫傷以外の各傷害がこのもみ合いなどのために生じたものであろうことは容易に推測し得るし、また、前記のとおりもみ合いの過程で手錠が原告の頭上に振上げられるような形になつたこともある事実に徴すれば、その際に手錠がはずみで原告の頭頂部にぶつかる可能性も十分にあつたであろうことも推測するに難くないから、頭頂部挫傷も、これらの機会に生じたものと推認できる。

なお、他に傷害発生の原因となり得るような事実は、証拠上うかがわれない。

(四)  ところで、逮捕を免れようとして抵抗する被疑者を公安職員等が逮捕するために、社会通念上相当と認められる範囲、限度の有形力を行使することは、正当な職務行為として許容されることは当然であるが、前記認定のような、本件逮捕に際しての一ノ瀬公安職員らの行為は、右基準に照らして正当な職務行為であるものというべく(このことは、原告の負傷が比較的軽微である事実から、結果的にも是認できる。)、他に公安職員側において、故意または過失によつて原告に右の限度を越えた暴行を加えたことを積極的に認定できる証拠はないからその結果発生した負傷に基づく原告の損害賠償の請求は理由がない。

三、次に、原告が半裸で連行された点について検討する。

(一)  一ノ瀬、松島の両公安職員が、原告をパンツ一枚かつ素足のまま、手錠をかけて、国鉄田町電車区構内浴場付近から品川駅東海道線上りホームを経て、東京鉄道公安室品川派出所まで、約四〇〇メートル(ホーム上は約二五〇メートル)の間を、連行したことは当事者間に争いがない。

(二)  そして、原告を逮捕現場から公安派出所まで連行する間の付近の状況については、成立に争いのない乙第二号証、原本の存在と成立に争いのない甲第一二号証、本件発生当日、日野公安職員が撮影した逮捕現場付近の写真であることに争いのない甲第五号証(なお、証人日野光一の証言によれば、そのうち番号20ないし23の各写真は、原告らを逮捕、連行した直後の写真であることが認められる。)、甲第一三号証、乙第二六号証(ただし、いずれも後述の採用しない部分を除く。)、原本の存在と成立に争いのない乙第一九号証、乙第二八号証の各供述記載、弁論の全趣旨によりその成立を認め得る乙第一一号証の三、証人一ノ瀬善一郎(ただし、後述の採用しない部分を除く。)、松島勉、斉藤紀之、上野良夫の各証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、次のとおりであつたものと認められる。

(イ)  原告を逮捕し、連行しようとした当時、逮捕現場である浴場付近には約一〇〇名位の電車区の職員が入浴するために集合しており、そのうち約二〇人位ずつが、国鉄の当局者側と二つ位の固まりをなして押したり、引いたりのもみ合いをなおも続けていた。

一方、浴場付近で警戒に当たつていた私服公安職員は一ノ瀬公安職員を含めて三名、紛争が生じてから直ちに駆けつけた制服の公安機動隊員は一五名であり、原告らの逮捕などに当つた。

なお、田町電車区の区長、助役など国鉄当局側も若干名現場に出動していた。(弁論の全趣旨によりその成立を認める得る乙第四号証によれば、区長と六名の助役であり、また、同様にしてその成立を認め得る乙第九、一〇号証、第一一号証の二ないし六によれば、ほかに運転部長以下八名も現場に派遣されて来ていたことが認められる。)

(ロ)  原告およびこれに引続いてさらに職員三名が逮捕、連行された際(なお、その外に一名逮捕されたが区長室で直ちに釈放されたことは後述する。)、逮捕現場の浴場前付近においてはともかくとして、浴場前を少し離れ、検修事務室付近(浴場前から約二〇メートルの距離にある。)まで連行したころには、もはや職員が原告など被逮捕者を奪還しようとするような行動に出ることもなく、また、被逮捕者の追尾を試みた職員が数名あつたものの、せいぜい検修事務室あるいはその隣の第一電車詰所付近までの短い間を追いかけたにとどまつた。

(ハ)  しかし、これより先第一電車詰所からさらに油倉庫、物品倉庫、倉庫事務室等を経て区長室前に至る通路には、所々に職員が数名ずつ位いたが(これはすべて組合員であるとは限らない。)、立ちふさがるあるいは手をかけるなどして原告らの連行を妨害する者は全くなく、したがつて通行の邪魔になることもなかつた。

(ニ)  原告らの連行後は浴場前付近でも別に紛争はなく、集まつていた職員のうち組合役員らは逮捕について区長らに激しく抗議したが(後述のとおり、その後区長室で交渉が続行された。)、一般の職員はやがて順次入浴を済ませ、その後五時ごろから電車掛詰所で集会を始めた(さらにその後区長室の周囲に集結した。)。

(三)  証人一ノ瀬善一郎の証言中、第一電車詰所の隣の油倉庫あたりまで五人から一〇人位の職員の固まりがあり、奪回の「気配」あるいは「素振り」がうかがわれたとの部分および乙第二六号証の供述記載中、検修事務室付近からさらに職員が追つて来る「気配」はあつたとの部分は、いずれも具体性を欠くのみならず、そのように感じた根拠が明確でなく(証人一ノ瀬善一郎の証言によれば、その付近の職員が「不当逮捕だ」とか「どうしたんだ」とか声をかけたというに過ぎないようである。)、採用できない。

また、甲第一三号証、乙第一二号証の一五、一八、一九には、現場は職員が多数騒いでおり、不穏な空気に包まれ、被逮捕者を奪還されるおそれが大であつた、あるいは奪取されないよう公安職員が阻止に努めたなどの記載があるが、いずれも抽象的かつばく然とした記載であり、どのような具体的事実に基づく判断であつたのか明らかでなく(単に組合員が多数集合し、あるいはもみ合つて騒いでいたからというに過ぎないようである。)、仮に逮捕現場では何らかの奪還の試みがあつたとしても、右各書証の記載から直ちに、浴場前を離れた後においてもなお奪回のおそれがあつたものと推測することはできない。(なお、逮捕現場における職員の奪還行為の状況についても、乙第二六号証(一ノ瀬善一郎の供述速記録)には、原告を奪還しようとして一四、五名の職員が鉄道公安職員におそいかかつてきたとの供述記載があるが、乙第一二号証の三(同人の復命書)には四、五名の職員が奪取しようとして体当たりをしたり、手を引つぱつたりしたとあるにとどまり、また、弁論の全趣旨によりその成立を認め得る乙第一二号証の一〇、一三には一ノ瀬公安職員と、原告を奪還しようとする五、六名の職員との間に小ぜり合いが行なわれたとおり、これらの証拠と対比して前記乙第二六号証の供述記載は事実を誇張していることは明白であり、現場においても若干の小ぜり合いがあつたにとどまつたとみるべきである。)

さらに、乙第三号証の六、第四号証、第一二号証の一三、一六には、検修事務室前を、あるいは区長室の方向へ、もみ合いが去つていつたとか、被逮捕者と同行途中に職員が奪還に来たなどの記載があるが、どの付近まで職員が奪回に来たというのか明確でない。

(四)  要するに、以上認定の事実に基づいて判断するならば、原告ら被逮捕者が浴場前を少し離れた後にも、さらに職員が区長室付近までこれを追尾して奪還しようと試み、あるいは原告らを直ちに公安派出所まで連行しなければ紛争が拡大して過激になるというような客観的情勢が存したものとは認められないし、そのようなおそれがあると判断する合理的理由があつたものともいい難い。

(五)  したがつて、一ノ瀬公安職員らとしては、急きよ原告を品川駅ホーム上の公安派出所まで連行することなく、いつたんその途中にある区長室等適当な付近の建物にまず連行して衣服を取りよせてこれを原告に着用させてから右公安派出所まで連行するのが妥当な措置であつたものというべく、そのような余裕があつたことは明らかである。

また、証人一ノ瀬善一郎の証言によれば、同公安職員が区長室を含めて現場付近の建物の配置等に通暁していたことは明白であり(当日紛争の始まる前、同行の公安職員を案内して田町電車区構内を一巡しているくらいである。)証人松島勉の証言によれば、同人ら機動隊員は浴場前へ出動する前、区長室横で待機していたことが認められ、同公安職員も区長室付近の建物の状況はある程度知つていたものと推測される。

ところで、原本の存在と成立に争いのない甲第一〇号証、乙第二九号証の各供述記載、乙第四号証、第一一号証の四、第一二号証の一〇および弁論の全趣旨によりその成立を認め得る乙第一二号証の一六によれば、職員の磯貝寿一(同人もパンツ姿で半裸であつた。)も、原告ら四名が逮捕、連行された後に逮捕されたが、同人を逮捕した山口、加藤両公安職員は事情を聴取するために右磯貝を区長室へ連行したところが、区長室にも二階の事務室にも誰もいなかつたので、入口でしばらく待つていたところ、坂東助役らと杉本分会長ら組合役員(組合役員は、原告らの逮捕、裸のままの連行などについて区長等当局側に抗議し、話合いをする目的で、区長らとともに区長室へ来た。)が浴場前から帰つて来たので、磯貝に事情を聞いたところ、犯罪のけん疑もなくなつたので、公安職員は助役に事後の処分については一任して引あげたことが認められるのであつて、被逮捕者をいつたん連行する場所としては、区長室はきわめて安全かつ適切な場所であり、ここまで押しかける職員など全くなかつた(組合役員らは、連行後しばらくして抗議のために来室したのである。)ことは、右事実からも明らかである。

なお、仮に一ノ瀬公安職員らが原告の衣服のありかを知らず、原告にこれをただしたが返答を得られなかつた事実があつたとしても、証人一ノ瀬善一郎の証言によれば、当時浴場付近には原告の所属する田町電車区助役も多数おり、このことは一ノ瀬公安職員も知つていたことが認められるから、右助役に原告の衣服を持参してもらうことを依頼する等の方法をとることは十分可能であつたはずである。

(六)  してみれば、一ノ瀬公安職員らが、原告がパンツ一枚の裸であるにもかかわらず、右のような配慮をすることなく、直ちに公安派出所まで連行しなければ現場の状況から、原告を奪還されるおそれがあるものといちずに誤信して(このことは一ノ瀬善一郎、松島勉の各証言からうかがわれる。)、本件のように裸のまま公衆の目に触れることが充分予想される品川駅ホーム上を約二五〇メートルにわたつて連行したことは、被疑者の名誉を害しないよう注意義務を負う鉄道公安職員(鉄道公安職員の職務に関する法律第三条、刑事訴訟法第一九六条)としては、明らかに不当であり、きわめて軽率であつて、右の注意義務を怠つたものといわざるを得ないのであつて、逆に被告主張のようにこのような連行を正当とする事情は認められないのであるから、原告としてはこのような連行による損害の賠償を請求する権利があるといわなければならない。

四、すすんで損害額および被告の責任について判断する。

(一)  証人上野良夫、一ノ瀬善一郎の各証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、原告を連行した品川駅第三ホームは東海道線および横須賀線の上り列車が発着するホーム、連行方向へ向つて右側は京浜線上り、下りホーム、左側は団体客が主として利用する臨時ホーム、であるが、原告を連行した際、左側のホームには人影はなかつたが、第三ホーム上には点々と数名ないし三〇人位の乗客がおり、右側ホームでは、四時過ぎごろであつたからラツシユアワーにはまだ少し間があつたものの、相当多数の乗客がおり、原告の連行に気付いて第三ホーム側に立ちならんでこれを眺めており、なかには声をはり上げる者、第三ホームヘ駆けつける者などもあつたことが認められ、右認定に反する甲第一三号証の供述記載、乙第一二号証の一九および証人松島勉の証言は信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

(なお、被告は、ホーム上に丁度来合わせた一五名の鉄道公安職員がかばうようにして通つて派出所に連行したと主張するが、証人一ノ瀬善一郎、松島勉の各証言も右事実を認めさせるには十分でなく、むしろ、単にホーム上で公安職員の一行とすれ違つたに過ぎないことがうかがわれる。)

したがつて、原告がきわめて恥ずかしい思いをし、名誉を著しく傷つけられたことは明白であり、この事実と原告の職業等その他本件に現われた諸般の事情を総合判断して、その慰藉料の額は七〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(二)  そして、一ノ瀬、松島両公安職員の俸給を被告が負担し、原告の逮捕行為はその職務としてしたものであることは当事者間に争いがないから、被告は右七〇、〇〇〇円およびこれに対する不法行為の翌日である昭和三八年七月三日から支払済みに至るまで法定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五、よつて、原告の本訴請求は右認定の限度において理由があるからこれを正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行の宣言の申立については相当でないのでこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田嶋重徳 定塚孝司 矢崎秀一)

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